
曙不動産も「へこたれへん」
さる6月18日(水)、午後5時30分より福山市労働会館「みやび」にて、曙不動産創業35周年記念イベントが開催されました。このイベントは、昨年8月に開催された「創立25周年記念イベント」につぐものです。
曙不動産は、昭和48年(1973年)に、故川相忠男会長が創業しました。それから数えて今年で35年目になります。昨年の創立25周年は、昭和57年(1982年)に法人化してから25周年ということでしたが、今回はまさに創業後35周年を記念したものです。
イベントの内容も、昨年は「てんつくマン」さんの講演でしたが、今回は社民党の衆議院議員・辻元清美さんを招いて講演会が行われました。講演のタイトルは「へこたれへん」というものです。
川相社長あいさつ
地域の皆さまに、育てていただきました
開会に先立って、川相誠司社長が登檀し、あいさつしました。
「弊社は、おかげさまで今年創業35周年を迎えました。創業した当時、私はまだ10歳でした。父親が自宅の応接間を事務所代わりにして始めたものです。本来なら父親が、この場で皆様にごあいさつと感謝の言葉を申し上げるべきですが、その父親も昨年亡くなり、列席できないことをたいへん残念に思うと同時にさみしい気もいたします。
この35年を振り返れば、曙不動産が現在あるのも、地域の皆様が育ててくださったおかげだと思います。私が曙不動産に入ったのは、平成元年です。それから数えても約20年、35年という月日は長い道のりでした。
今回、辻元清美さんをお呼びしたのは、25年前、私が20歳のころに、彼女は深夜のトーク番組「朝まで生テレビ」によく出られていました。この番組は今もありますが、当時は、江田五月さん、栗本慎一郎さん、西部邁さんなどの政治家や学者が多いなかで、彼女は学生で、ピースボートという組織をつくり、クルージング企画をしていて、いろいろ活躍されていました。ちょうどベルリンの壁が崩壊して東西が一緒になったころです。
彼女は若いなりにも、紛争や飢餓、難民の問題などに積極的に取り組まれて、たいへん目立つ存在でした。ピースボートの活動は現在も続けておられます。そのあたりのこともお聞きしたいと思い、講演をお願いいたしました。
そのほかにも、新しい企画が盛りだくさんのイベントになっています。最後まで楽しんでいってください」
永年勤続者表彰−川相稠子副社長
これからもご指導、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます
続いて、永年勤続者の表彰が行われました。
今回、表彰されたのは副社長の川相稠子(しげこ)さんです。川相稠子副社長は亡くなった川相忠男元会長の妻、川相誠司現社長の母親でもあります。創業当初から曙不動産の業務に携わり、現在も役員として仕事を続けています。その35年間の長きにわたる勤務に対して表彰が行われました。川相稠子副社長の受賞の言葉です。
「皆様の暖かいご協力とご支援により35周年記念式典を迎えることができたことを深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。ムリをしない、ムダ遣いをしない、ムラをつくらないという3つの言葉がありますが、これからは、それを実行して、一丸となって、頑張りたいと思います。皆様のご指導とご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。きょうはありがとうございました。」
来賓あいさつ−ライフベストテクノ・長濱社長
夢づくり、幸せづくりの実現を期待します。
そのあと、来賓のあいさつがあり、有限会社ライフベストテクノの長濱社長からお言葉がありました。
長濱社長のあいさつは、企業コンサルティングの立つ場から、「曙不動産のこれからに期待します。夢づくり、幸せづくりという企業スローガンは素晴らしいものです。その実現に向けて、もう一度初心に戻って精一杯やっていくのだという熱い思いに私は賛同しています。最近は、凶悪な事件が次々起こります。ひとの気持ちがわからない、自分本位な人が増えているようです。
その原因のひとつに家庭や職場でのコミュニケーションの不足があげられます。もっと本音で自分の意見をのべ、相手の意見も聞くようにすれば、気持ちは通います。それが幸せづくり、夢づくりに結びついていくのだと思います」と話されました。
辻元清美氏講演−テーマ「へこたれへん」
相手にされなくても、粘り強く説得を続ける
さて、次はいよいよ辻元さんの講演です。講演中の録音や写真撮影はいっさい禁止ということでしたので、メモをもとにまとめました。
会場に現れた辻元さんは、テレビで見るよりも小柄ですが、エネルギッシュな雰囲気を漂わせています。軽い足取りでステージに上がると、例のハリのある声であいさつされました。
最初は後期高齢者医療制度についての話です。辻元さんによると、この制度をめぐって、後期高齢者に該当する土井たか子、中曽根康弘、渡部恒三、不破哲三の4人の大物政治家たちが、超党派のグループを結成し、反対することを検討している、というものでした。これはおそらく冗談でしょうが、75歳以上の高齢者が置かれている立場を象徴するような話です。
次は、辻元さんが学生時代に設立した団体「ピースボート」の話です。なんでも見てやろうと、船に乗ってアジア各国を歴訪する計画を彼女が立てたとき、ある船会社と客船をチャーターする交渉をしました。その時も始めは相手にされなかったそうですが、まず、船を借りること承諾させ、さらに粘り強く説得し、チャーター料を大幅に値切った、というものです。
また、クルーズする客船を集めるのにも、有名人を乗船させればその名前を見て乗客が集まるだろうと、当時の売れっ子漫画家、手塚治虫さんに直訴して乗船をOKさせたというのです。手塚さんへの直訴の仕方は、仕事場の出口で待ち構えていて、出て来たところを捕まえて、無理やり車に乗り込んで説得したそうです。彼女の場合、向こう見ずなくらい行動力があって、しかもたえずプラス思考で行動します。
議員辞職、有罪判決、落選、当選・・・
「へこたれへん」の心意気が支えている、激動の議員人生
彼女が衆議院議員に初当選したのは、96年のことですが、このときも当時、社民党の党首だった土井たか子さんから、「今度の選挙に出てくれないか」と言われたのが、なんと立候補受付が始まる2週間前だったそうです。まさに滑り込むようなタイミングで選挙に出て、社民党の比例ブロック近畿地区で当選したのです。それから、衆議院議員として活躍しますが、02年に起きた秘書給料流用問題の責任を取って、衆議院議員を辞職します。
そして04年には東京地裁で懲役2年執行猶予5年の有罪判決を受けるのです。ところが、その年の参議院選挙に無所属で出馬しますが、惜しくも次点で落選。05年の衆議院選挙に社民党から出馬して、今度は見事当選します。
こうした、彼女の人生を見ていると、何度も壁にぶつかり、つまずきながら、また立ち上がっていく様子がよくわかります。まさに「へこたれへん」という彼女の心意気がこの経歴からもうかがえます。
最近、ちょっとした挫折や失敗が原因で、すぐに自殺したり自暴自棄になって事件を起こす若者が増えています。そうした若者たちに必要なことは、一度や二度の失敗にくじけず、チャレンジを続けることです。それを口で言うだけでなく、実践しているところに辻元清美という人の魅力もあるようです。
後援後の懇親会では、曙不動産の社員たちによる余興が行われ、来場者から大きな拍手を受けていました。
また、4月に繰上げ当選された和田たかし衆議院議員にも駆けつけていただき、祝辞をいただきました。今回も多くの方から曙不動産に寄せられた応援のメッセージに「へこたれへん」の思いを新たにしたイベントでした。

















