
弊社では、年1回「経営方針大会」を開催しており、今年も10月18日に開催されました。それに合わせて、高木善之さんの特別講演会が行われました。
高木さんはNPO法人 ネットワーク『地球村』の代表で、環境問題に積極的に取り組み、全国各地で講演活動を続ける一方、企業や学校における人材育成についてもさまざまな提言をされています。
今回は「コーチングとティーチング」というテーマで話していただきました。
その一部をここに紹介いたします。
自然界では通用しないティーチングの考え方
今年の8月に皆さんは「てんつくマン」の話を聴かれましたね。彼も私の講演を聞いて人生が変わってしまった一人です。彼は私の話を聞くことで自分の進むべき道を見つけたといえます。
私は彼に環境問題に取り組むよう指示したわけではありません。私の講演が彼の心に眠っていた何かを目覚めさせたのです。
このように、本人が自ら気付くようにしむけることがコーチングです。つまり主役はコーチされる人なのです。
その反対がティーチングです。ティーチングでは教える方が主役です。先生が生徒に教える、上司が部下に教える、というように、上から下へ指示・命令するのがティーチングです。そして、ティーチングの世界にはいつも答えがあり、正しい答えが求められました。マルとバツに分けて考え、マルの状態がいいと教えられてきたのです。
しかし、ちょっと考えて下さい。私たちが生きるこの自然界の存在をすべて単純にマルとバツで分けられるでしょうか。
きれいな花と汚い花、ナイスボディのカバとそうじゃないカバというようなものが自然界に存在するでしょうか。
ティーチングの世界で生まれた価値観は自然界では通用しないものが多いのです。
自然の中で育つ子どもには反抗期はありえない
親子関係で説明しましょう。たとえば親孝行という姿は自然界にあるでしょうか。
動物の世界で、子のために犠牲になる親はいても、親のために犠牲になる子はいません。
なぜでしょう。
それが子孫を残すための自然な姿なのです。
子孫である子のためなら命を引き換えにできるような本能が親には備わっているのです。それが種の保存のためにプログラムされた基本OS(オペレーティング・システム)なのです。
しかし、ティーチングの世界では先生や親の価値観や判断基準を子どもに押し付けがちです。それが子どもの自然な成長の姿に反することも多いのです。そのギャップが反抗期というカタチで表れたりするのです。
私はアマゾン奥地の原住民の生活も知っていますが、彼らの子どもには反抗期なんてありません。それは、子ども本来の自然な姿で生きる事が出来るからにほかなりません。
地球の温暖化や異常気象は自然からのしっぺがえし
私は今の社会や教育を否定しているのではありません。しかし、現代社会には不自然なことが多すぎます。
たとえば、人間は類人猿といわれた時代から今日まで長い時間をかけて進化してきました。その過程で、800gくらいだった脳が1400gほどに大きくなり、知能も飛躍的に向上しました。
最初は自然に順応して生きてきた我々の祖先も、知能の発達につれて、自分の生活環境を変えるようになったのです。
蜂や鳥が巣をつくったりするのは、何千万年もの知恵の集成で、自然と共存するものですが、わずか数百年の技術の応用で、道路をつくり、トンネルをつくり、街をつくる行為が自然の摂理にかなうものでしょうか。
そうしたやり方は、必ず自然からしっぺ返しをくらいます。最近深刻な問題になっている地球の温暖化や異常気象、環境汚染などは、便利さや快適さを求めるあまり、自然を無視してきた人間に対する自然からのしっぺ返しです。
こうした社会がつくられてきた過程で、「評価・採点・義務・目標・責任・ノルマ…」といった反自然的なティーチングの考え方が強く作用してきました。
ティーチングの弊害とコーチングの可能性
ティーチングの社会では、人間心理にとっては不自然なことが目標となります。
自分本来のモチベーション(同期・意欲)を否定し、抑えなければ達成できないような目標が多いのです。そうした環境に順応できない人は、悩んだ末に自信をなくし、心を病むようになるのです。
現在、我が国でそううつ病や統合失調症などの心の病で苦しんでいる人は、250万人といわれています。その予備軍と言われる人たちを含めるとどれほどの数にのぼることか。
これらは行き過ぎたティーチング社会の結果と言えるでしょう。
私がティーチングの限界に気づき、コーチングの素晴らしさを知ったのは、職場の合唱団の指揮者として指導をしていたた時です。
その合唱団は全国のコンテストで毎回2位まではいくのですが、優勝はできなかった。
そこで指導するという考え方はやめて、メンバーの自主性を尊重し、メンバー自身が自分たちの長所や短所に気付くようコーチ役に徹したのです。
するとどうでしょう。その合唱団は変貌を遂げ、ついに優勝するまでになったのです。
まず、本人に気付かせることそれがコーチの役割
コーチングの「コーチ」というのは、本来は馬車という意味です。そして、御者をコーチャーと言います。
馬車で客を運ぶ時、御者は客に行き先や希望ルートなどを聞いてから出発します。途中で、客から質問されればそれに答えなければなりません。つまり、客が主役という考え方に基づいて考え、行動するのが御者の役割です。
しかし、企業の新人研修など見ていると、コーチの中には「自分はこうしてきた」という自分の成功例が唯一の方法だという人がいます。そんな人に限って、他のやり方については「それで出来ると思っているのか、思うならやってみろ!」と否定的なことが多い。
そんな態度では、新人たちが委縮し、やる気をなくすだけです。
コーチの取るべき態度は、「ぼくはこうして成功し、こんな失敗もした。それを参考にして自分なりのやり方を見つけてくれ」と自分で気づくように仕向けるのです。
そんな生ぬるいやり方ではだめだ、という人がいるかもしれませんが、そのティーチングのやり方で、多くの企業が失敗してきたのです。
聴き役に徹するタイガー・ウッズのコーチ
アメリカにタイガー・ウッズというゴルフの銘プレイヤーがいます。
彼のコーチがちょっと変わったコーチ法をしています。
たとえばタイガーが不調で悩んでいるときに、普通のコーチなら、不調の原因を追究し、いろいろ自分の見解を述べて、教えようとするでしょう。しかし、この人はそんなことはしないのです。
「やぁ、タイガー、いつもの君らしくないけれど、どうしたんだい?」と気軽に話しかけ、あとはタイガーが自分の不調の理由をあれこれ話すのを相づちを打ちながら聴いてやるそうです。
こうして本人がその理由を話す事によって、自分の不調の原因がどこにあるのかを気づかせるそうです。
コーチが自分の見解を述べて、ああしろ、こうしろ、というようなことは言わないのです。
コーチングの基本は「よく観る、よく聴く、受け止める」
コーチングの基本は3つのことを大切にすることです。それは「よく観る」「よく聴く」「受け止める」ということです。そして相手の才能や意欲を引き出し、伸ばしてやることです。
私のコーチングの基本的な考え方をまとめておきますので、参考にしてください。

















