私は、がり勉ちゃんだから実地のことがわかりません。わかりたくて、資格の学校に行ってみました。案の定、不得手なことは模擬試験もできない。できない模擬試験の最中、思い出したことがあります。涙をこぼさないようにするのが一生懸命でした。思い出したことを書きます。
私は三姉妹の長女です。末っ子とは四歳違いです。末っ子が小ニのときでした。
妹と一番仲良しで集合写真でも隣同士で写るT村さんがいました。おとなしい子同士のお友達でした。行き帰りが、ほぼ毎日一緒でした。
T村さんのお母さんは、T村さんとその妹さんを連れて池で入水自殺をなさいました。T村さんに聞けるわけもなく、無理心中と推測するばかりです。
小三の集合写真で妹の隣に白い影が写りました。私たち家族の誰一人も、心霊写真と騒ぐ者はいませんでした。わずか八歳か九歳でこの世を去ったT村さんが、小学校の進級写真にみんなと一緒に写りたかったのは当然だからです。
T村さんのお母さんはなくなる二時間前に、ステーキを二枚買って行かれたそうです。お肉屋さんが涙ながらにおっしゃるには、「二枚だから、子供に一枚ずつ食べさせたのかなあ。妹とお母さんは、半分っこされたのかなあ」ということでした。当時、小学校六年生の私は、母から又聞きで聞きました。
生きる方法はあったでしょうとか、育てる力がないのに考えなしに子供を産んでとか色々な考え方はあるでしょうが、命を絶とうときめているのにその二時間前にお肉を子供に食べさせてあげる、その一点においてT村さんのお母さんは尊いよ。
自分が年を重ねてみて思うこと。二十代後半から三十代前半はまだコムスメよ。それで、肉親の縁が薄く、相談相手もおられず、受身的な性格の方なら・・・。そう考えると、T村さんのお母さんを責めることはできないよ。ただ一ついえる事は、命を絶とうときめているのにその二時間前にお肉を子供に食べさせてあげる、その一点においてT村さんのお母さんは、尊いよ。
T村さんが生きておられた八年か九年より、何倍かの月日が経ちました。まれに、車でその池を通過する事があります。小さな池、浅そうな池。この池で人が命を絶つことができるの?という思いがよぎります。家族の誰一人も池を通るとき、そのことを口に出しません。思いが深すぎると、口に出せません。
子供を一人も産まない女が多すぎる、罪悪だとか言われると、あなたが人の人生に責任をもってくれるのという反論が湧くが、T村さんのお母さんとT村さんのことを考えると、子供を一人も産まないのは罪悪だといわれると、そうかもしれん、子供は宝だと思う。
その他からの、子供部屋について次回から連続で考えてみようと思う。
収納の雑誌を数多く読む中で、収納できるベットや作り付けになった机と椅子のセットがあったから、収納的には優れているがコンパクトすぎて体に悪くないかな、気持ちまでコンパクトになって小さくまとまった子にならないかなという思いがよぎったから、考えてみようと思う。
ただ、私は人間の体の生理学を修めているわけではなく、ただの「発掘あるある大事典」やみのもんたの番組に影響されている健康お宅のご婦人だから、結論を出すことは出来ませんが、情報は収集し提供します。結論は皆さんで出していただくようになります。そこのところは、よろしくお願い致します。
最後に、私は福山育ちではありませんからT村さんのことは福山でのことではありませんよ。
※このシリーズは、『モノ申す』さんの生活の知恵の提案集です。なんでもいいからご意見いただければ幸いです。
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